知見・事例
旭化成 社会・環境・経済全側面での製品評価の試み(2/2)
2.社会・環境・経済全側面で製品を評価する
旭化成の事業戦略を具体化するためには、研究、開発、マーケティング、製品化の各分野について相当な注力が必要である。社員の意識啓発も同様に必要だろう。旭化成は、前述の方針で事業の選択と集中を推進するために、商品開発を行う上での選択を明確にした。また、関係者が納得して研究開発を進めていくため、社会・環境・経済全側面での製品評価指標※1を開発し、2009年6月に発表した(化学工業日報社「化学経済」6月号)。
我々の世界は、社会・環境・経済の三要素で構成されている。製品や企業は、本来、この三要素で総合的に評価すべきであろう。この三要素を数値化して客観評価できないものかと考え、多くの企業やアナリストが試行しては挫折してきた。特に、数値化が困難なのは、安全や人権や貧困などの社会性の側面である。
旭化成の指標は、過去の多くの試行錯誤を教訓としており、その特徴は二つあるように思われる。
第一に、欲張っていないことである。
社会性については、製品ごとに、健康や安全など、貢献する要素を絞り、経済性については、製品の付加価値と、製品が関係する人々に及ぼす雇用、賃金への効果に絞り、環境については、温室効果ガス(GHG)削減の効果に絞るなど、本質的な要素に絞りつつ、欲張らないことによって数値化を達成している。
第二に、既存の指標を活用していることである。
旭化成は、換算指数を設けるにあたって、ゼロから指数を作るのでなく、産業技術総合研究所のLIMEなど、既に社会的に評価を受けている指標群を用いるとしている。既存の指数を使い、それを論理的に積み上げることによって、透明性が高く、社外の人も交えた議論がしやすいものとなった。
社会・環境・経済全側面で製品を評価し、さらに企業を評価しようとする動きは、今後広がるものと思われるが、指標化のプロセスを透明にし、皆が議論に参加できるようにすることが、指標の進化と普遍化のために重要である。今回の旭化成の試みは、今後の、各企業、学界、NGO(非政府組織)、行政などによる総合評価指標議論のための、良い事例となるものと考える。
以下、指標の各側面を紹介する。
- ※1 旭化成はこの総合指標をサスティナビリティ・インデックスと名づけている。
1) 環境価値
環境にはさまざまな要素があるが、本指標では、《最重要課題は地球温暖化である》という前提に立ち、製品ごとに、ライフサイクル(企画開発から生産、消費、廃棄、リサイクルまでの製品の一生)での温室効果ガス削減効果を金額換算している。同様に、対象製品と一般的に使われている従来製品とを製品ごとに対比させることで、ライフサイクル全体で、従来製品との対比でのCO2削減量を算出している。
図1.4製品がライフサイクルで削減するCO2の量と旭化成自身が排出するCO2の量の対比
図1中、特にイオン交換膜は、世界で広く利用されているためにCO2削減効果は大きく、旭化成全体が排出している量と同量のCO2を一製品で削減していることは特筆すべきことである。
次にCO2のトン(t)あたりの単価をどう見るかだが、旭化成は、CO2増加によって起こるであろう洪水や干ばつ、飢餓など、社会的な被害額をその算出根拠としている。
図2のうち、旭化成は、第一案の社会的な被害額をもとにCO2単価を設定し、<CO2削減量×CO2単価>を環境側面における貢献額としている。
気候変動による被害額をベースとすればCO2は1tあたり11万6000円で、排出量取引市場価格をベースとした場合は1tあたり3000円である。両者には格段の差がある。CO2の影響度は何円であるのか、この提唱は、今後、多面的な議論の素材となるものと考えられる。
旭化成では、ライフサイクルで排出される温室効果ガスの把握を、事業や研究開発テーマの指標のひとつとして活用する方針で、今年度は社内普及活動を進めるという。今後、どの製品、どのテーマにどのように適用、活用していくかを、現在検討中という。
図2.1tあたりのCO2単位をどう算出するか
2) 経済価値
対象製品が、自社だけでなく、一次顧客、二次顧客から最終顧客にまで及ぼす金銭的付加価値の合計を経済価値としている。具体的には政府の「産業連関表」※2を用いて、各製品が生み出すだろう付加価値誘発額を算出している。
完成品と異なり、合成樹脂や化学品などの素材は、加工のされ方が多様であり、それが生み出す付加価値を一律の指標で割り出すことができない。これも今後の広汎な議論の材料となるであろう。
3) 社会価値
社会性の要素は多様で、区切り方によって何種類にもなる。旭化成はこれらの茫洋とした要素群を一定の基準に従って項目化した。項目化にあたっては、社会経済生産性本部の「国の豊かさ総合指標」とサステナビリティレポート(CSRレポート)の国際的ガイドラインであるGRIガイドラインの指標を参考に、健康、安全、人権、貧困など、11の要素を抽出している。(図4)
図3.経済価値算出の考え方
図4.社会価値 要素整理表
社会性の要素を11種に整理した上で、人工腎臓なら健康、ヘーベルハウスは安全と、自社対象製品が関連する要素を特定して金額換算を行っている。
人工腎臓を例にとれば、旭化成の人工腎臓を利用している10万人を想定して、人工腎臓によって患者が延命し、社会復帰した場合の利益として、患者が元気に働き続けることによる、患者と医療従事者の国内総生産(GDP)押し上げ効果、また、患者および医療従事者が消費を行うことによる社会へのプラス経済効果を<便益>として算出している。一方、マイナス面として、患者の治療コストと家族の負担を<費用>として換算し、<便益>から<費用>を差し引いて、これを社会価値と見なしている。
もうひとつの事例、ヘーベルハウスでは、家屋が地震や火災に極めて強い、という側面を社会価値として、木造住宅に対して軽減された火災保険料率で測っている。
今回、旭化成は、上に挙げた製品を含めて合計7種の製品について本指標での評価を行った。社会・環境・経済の各側面の効果を金額換算し、それらをX軸、Y軸にプロットしたものが以下の三種の図(図5)である。
旭化成は、社会・環境・経済全側面での製品評価指標(サスティナビリティ・インデックス)を、会社の事業、研究開発の中長期の方向性についての議論や、ステークホルダーとのコミュニケーションのツールとして活用していきたい、としている。
《自社を持続可能な社会への転換に貢献する会社にする》と決めた企業にとって、自社と製品について、客観的で総合的な指標を用いてその進路を定める、というものの考え方は、極めて正当なものと思われる。
一方、消費者/市民がバランスの取れた眼で企業評価を行い、製品選択を行うためには、このような指標は必須であろう。今回の旭化成の指標策定の試みは、登るべき山への第一歩としての意味が大きく、優れた事例となりうるものと考える。今後、各企業、各界において、多面的な議論と改善が進むことを期待したい。
図5.7製品の社会・環境・経済 各価値相関図
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