知見・事例
シスメックス 迷いなく理念を実践する企業(2/4)
山口:では、ひとつめの、検体検査の現在と将来の社会的な役割から伺います。
最初に、検体検査について教えていただけますか。
井口氏:病院で人の血液や尿、細胞などを採取して調べる検査が検体検査です。
例えば血液の検体検査では、血液の働き、肝臓や腎臓など臓器の働きを調べるほか、貧血、白血病、心筋梗塞、糖尿病、がんなどの病気の発見など、健康に関わる色々な情報が一回の血液検査で得られます。
体の状態をいち早く知るのに役立つので、皆さんが受ける健康診断で血液検査や尿検査を必ず行なうのはそういう目的があるからです。
昔は、血液検査で赤血球や白血球の数など少ない情報しか得られなかったのが、現在は分析技術が進化して、非常に多くの項目について分析ができるようになりました。
もっと昔は、患者さんの血球数を調べるのに、技師さんが顕微鏡で覗きながら指を折って数えていたんです。
山口:五人くらい検査すると日が暮れますね。
井口氏:血液や尿の検査を誰でも気軽に受けられるようになったのは、検査の自動化や高機能化が進んだことも理由のひとつです。医療機関・関係者はもちろんですが、医療にかかわる企業も、昔から医療の発展を目指し人々の健康を支えてきたのだと思っています。
山口:検査の機械化により、医療が大きく進化したんですね。
機械化すると他にどんなメリットがありますか。
井口氏:国や地域間の差などの検査結果の差の解消にも役立っています。今では、どの病院に行っても同じ検査結果が得られるようになりました。
シスメックスが進めてきたことのひとつは、検査の精度を管理する仕組みを作ったことです。血液や尿などは液体ですが、液体の成分を精度よく、毎日安定して検査することは思いのほか難しいのです。
各病院に設置した検査装置が、どの病院でも同じ精度で安定した検査結果が出るように、シスメックスは装置を設置した後の精度管理をする仕組みを作ってきました。昔は郵便やファクスで精度の確認情報を病院とやりとりをしていましたが、今はそれをオンラインにして、速度も上がりました。
昔は、血液検査で赤血球や白血球の数など少ない情報しか得られなかったのが、現在は分析技術が進化して、非常に多くの項目について分析ができるようになりました。
我々は、創業以来、「お客様に検査装置を提供するのではなく、検査結果を提供する会社でなければならない」という考えで事業を展開しています。
山口:科学や技術の進歩は善だろうか、と自問することがありますが、検査技術や精度管理技術の進歩が人の健康を支えることは、もろ手を挙げて喜ぶべきことですね。
井口氏:そうですね。先に検査装置の進化で検査に人手が掛からなくなったと申し上げましたが、シスメックスが注力しているのは、検査の自動化、高機能化と、もうひとつは世界各国への普及です。
従来、医療の世界はとてもドメスティックでした。
医療は、地域、国の文化や制度によって大きく異なるので、海外展開のためには、それら理解して合わせることが必要です。それを面倒がっていては多くの国に検体検査を広げることができません。世界中の人々が満足に検査を受けられないのは良くないではないかと。海外に進出しようとしたのは、ビジネスを拡大するためということもありますが、もう一方では、人のいる所すべてに医療サービスを届けたいという思いでした。
山口:シスメックスは150カ国に装置とサービスを提供していると聞きました。自国で検体検査装置を作れる国は少ないことでしょう。
井口氏:検体検査は、その人が健康かそうでないかを判断する基本となるものなので、なにしろ、人々に検査を受けてもらうためには検査装置をそこに持っていかなければなりません(笑)。
山口:今回、貴社の活動を下調べする中で、アフリカでのHIV/エイズ検査への貢献に注目しました。社会課題解決の施策の象徴のように思われ、また、事業と社会貢献の中間的な事業であるようにも感じました。
井口氏:おっしゃる通りです。
この事業はビジネスと社会貢献の中間の事業です。当社は、派手ではありませんが、地道に寄贈活動を続けています。アフリカでも積極的に医療を普及させたいのですが、定期的に検査を受ける習慣のないアフリカの国々にとって地方の病院向けに検査装置を簡単に購入することは難しく、その財源も無い。しかし、検査装置と試薬があれば、HIV/エイズの検査を広く人々に受けてもらうことができる。
この活動はHIV/エイズ問題への解決支援という側面の一方で、これはアフリカ市場への先行投資でもあると考えています。買っていただけるところには買っていただき、買えないところにはNPOなどの協力を得て寄贈しよう。検査を普及させることが目的であり、検査装置の安定稼動のためのサービスもきちんとする。その国で医療が普及するスピードが上がるし、上がると、近い将来、買ってもらえるようになるかもしれない。これは先行投資になるであろう、と。
地域に医療を根付かせることが我々の目的です。高価な機械を寄贈してそれで終わり、ということでなく実際に検査に使っていただくために何年にも渡り継続的にアフターサービスもしています。